■S:今日の聖書の言葉
詩篇12篇5節

★主は仰せられる。「悩む人が踏みにじられ、貧しい人が嘆くから、今、わたしは立ち上がる。わたしは彼を、その求める救いに入れよう。」

■O:今日のコラム
主が必ず聞いてくださって、救いを与えると約束されている祈りがあります。それは貧しい者の祈りと悩む者の祈りです。
 
貧しさとは、心の貧しさです。これは山上の垂訓にもあるように、飢え渇いて主を求める祈りです。私たちは、いつでも主が必要です。この方を朝に求めることは良いことです。イエス様もよく一人で寂しい所に退いて祈っておられました。イエス様に必要であるなら私たちにも必要です。

「朝」というへブル語の語根には、「求める」という意味があります。朝は主を求める時間です。神の国とその義とを第一に求めるなら、必要なものは全て与えられます。優先順位が狂うとすべてが狂います。逆に初物がきよいと、すべてがきよいのです。
 
私が保育園で働いているときに、最初、本当にど素人であった私は何が優先度が高い仕事であるのかが全く分からず、リーダーの先生からの頼まれた事と子供からお願いされた事、目の前で泣いている子供をどうしたら良いのかがよく分からず、忙しさの波にもて遊ばれるかのようにして一日を過ごしていました。こういう時はものすごく疲れるのに、仕事は失敗だらけです。
 
しかし、優先順位が分かってきて、何を放っておいてでもこれを先にしなくては、ということが分かってくると、仕事に落ち着きが出てくるのです。そして能力が上がってきます。私たちも優先順位が分からなくなると、自分の力を発揮できず、疲れるばかりで成果があまり出ません。預言者ハガイはこう語っています。

「この宮が廃墟となっているのに、あなたがただけが板張りの家に住むべき時であろうか。今、万軍の主はこう仰せられる。あなたがたの現状をよく考えよ。あなたがたは、多くの種を蒔いたが少ししか取り入れず、食べたが飽き足らず、飲んだが酔えず、着物を着たが暖まらない。かせぐ者がかせいでも、穴のあいた袋に入れるだけだ。」(ハガイ1:4~6)

主を第一にしなければ、私たちはバランスを失ってしまうのです。朝起きたら、まずスマホをチェックする習慣をやめましょう!まず朝ごはんを食べるのをとどまりましょう。まず主の前にひれ伏すのです。そして少しでも異言で祈り、1章でも御言葉を読むのです。自分の必要から一日を始めると、私は忙しい気持ちが湧いてきます。しかし、主を求めることから始めると、平安がやってくるのです。

そして今日の時間も働きも経済も計画も評価も、すべてが主の物であると告白するのです。喜びと解放がやってきます。第一に神の国を求めましょう!

「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人たちのものだから。 」(マタイ5:3)

また一日を御心を行うために用いていくときに、試練と思えることや、あらぬことでののしられ、馬鹿にされることなどが起こります。そのときに祈るなら主は速やかに祈りを聞かれます。それこそ悩む者の祈りです。たとえ八方ふさがりに思えても、上は邪魔がないのです。

そんなときこそ、自分を主に委ねて祈るのです。主は、必ず御霊の力によってあなたを栄光から栄光へと主の似姿に造り変えてくださるでしょう。そうして私たちは、喜びにあふれるのです。義と平和と聖霊による喜び、神の国がそこにあるからです。

「義のために迫害されている者は幸いです。天の御国はその人たちのものだから。」(マタイ5:10)

■A:考えてみよう
朝起きて、まず主を求めて祈る習慣をつけましょう。そして御心を行うゆえの困難を、何かで紛らわしたり、避けたりしないで、主に自分を委ねて祈る習慣をつけましょう。

■P:祈り
主よ。あなたは貧しい者の祈りを聞かれ、悩む者の祈りに応えてくださる方であることを感謝します。あなたに飢え渇き、あなたにより頼むライフスタイルが確立していきますように。

イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 まじまこ 】

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