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■S:今日の聖書の言葉

ヘブル人への手紙4章12節
★神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができます。

■O:今日のコラム
私たちは毎日聖書を読み、神のことばを読んでいます。時に、聖書を読んでいると心が刺されることがあります。それは、御言葉に従順に従うことができない自分の姿を見せられるからです。そのときに深い悲しみと飢え渇きがやってきます。

しかし、聖霊様の働きは私たちを造り変える為に、御言葉を通して私たちが変わらなければならない領域を示してくださるのです。

そのときに悔い改めをもって、神の前に進み行き、生き方を御言葉の方へと方向転換していくのです。これは、時間が掛かることですが、必ず少しずつ変わっていきます。

創世記から黙示録に至るまで、全ての言葉が神様から私たちへのメッセージです。自分の耳に聞こえの良い言葉だけでなく、時に耳に痛いような言葉も聞かなければならないのです。その耳に痛い言葉こそ、私たちの心を刺し通し、深い悔い改めへと導き、神の御心を行う者へと造り変えていくのです。

使徒の働きを見ると、実際に御言葉によって心刺された人々が悔い改めへと導かれていく出来事が書かれています。聖霊に満たされたペテロの口から語られた御言葉は、人々の心を刺し通しました。

「ですから、イスラエルのすべての人々は、このことをはっきりと知らなければなりません。すなわち、神が、今や主ともキリストともされたこのイエスを、あなたがたは十字架につけたのです。』人々はこれを聞いて心を刺され、ペテロとほかの使徒たちに、『兄弟たち。私たちはどうしたらよいでしょうか』と言った。そこでペテロは彼らに答えた。『悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただくために、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けるでしょう。』」(使徒2:36-38)

ペテロの説教を聞いた人々は心を刺され、悔い改めへと導かれて行きました。御言葉が生きて働き、人々の心へ届いた結果であると言えます。

私たちは人々に福音を語るときに、どのように語っているでしょうか?私たちが語る言葉によって人々の心を刺し通しているでしょうか?もちろん人に語るよりも前に、自分自身がその御言葉によって刺され、悔い改めに導かれていなければならないのですが。

しかし、今の時代は人々の耳に聞こえの良い内容だけが語られる時代であると言えます。祝福と繁栄の説教を聞くことは受け入れますが、悔い改めの説教はなかなか受け入れられないものです。

本当の祝福は御言葉を実行するときにやってきます。耳に痛い御言葉でも実行するときに神の祝福がやってくるのです。それとは逆に、神の言葉に従わないときに呪いがやってくるのです。このことは申命記28章に明確に書かれています。

私たちは時に人の耳に痛いような言葉だとしても、人々に真っ直ぐに神の言葉を語る者になっていきたいと思います。

最後になりますが、御言葉によって心刺された時こそが祈りの時です。自分の力ではどうすることもできない自分の姿を、正直に神様の前にさらけ出して祈りましょう!神様は必ずその祈りの声を聞いてくださいます!私たちを通して神の国がこの地に現れることになります。

「この時から、イエスは宣教を開始して、言われた。『悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。』」(マタイ4:17)

今日も一日、皆様の上にイエス様の豊かな恵みがありますように。

■A:考えてみよう
日々の生活の中で語られている御言葉はあるでしょうか?
語られている御言葉があるならば、その御言葉を実行することが出来るように祈っていきましょう。

■P:祈り

愛する、イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 あきひろ 】

カテゴリー: マナメール

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