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■S:今日の聖書の言葉
2コリント9章14〜15節(伝道者の書9章)

★また彼らは、あなたがたのために祈るとき、あなたがたに与えられた絶大な神の恵みのゆえに、あなたがたを慕うようになるのです。ことばに表わせないほどの賜物のゆえに、神に感謝します。

■O:今日のコラム
:2コリント9章には私たちが献金の勧めの時によく聞く

「私はこう考えます。少しだけ蒔く者は、少しだけ刈り取り、豊かに蒔く者は、豊かに刈り取ります。ひとりひとり、いやいやながらでなく、強いられてでもなく、心で決めたとおりにしなさい。神は喜んで与える人を愛してくださいます。」(2コリント9:6〜7)

という御言葉が記されています。私はかつて若き新婚当初、絶えず経済的な困難と試練を経験していました。そんな時に神学校で「什分の一献金は旧約聖書の時代の教えであり、今は行う必要は無い。」という教えを聞き、それが「この献金に捧げるお金さえあれば少しでも必要を満たすことが出来るのに。」という誘惑の思いとなり、夫婦で共に献金の事について祈りました。

しかし、どう祈っても献金を捧げ無いことでは無く、捧げることに平安と導きを感じ、経済的な試練や困難の中にあっても什分の一献金を捧げることを続けました。振り返ってみると足りないものは何も無く、絶えず主により満たされ、焼けつく土地においても主の御手により導かれることを経験してきました。

主は私たちの経済が欲しいわけではなく、私たちの忠実な心、砕かれた霊を求めておられます。

「神へのいけにえは、砕かれた霊。砕かれた、悔いた心。神よ。あなたは、それをさげすまれません。」(詩篇51:17)

そして、捧げることを通して、私たちは天の父なる神の惜しみなく与える豊かな心を学ぶことが出来ます。私は捧げ物をする機会が与えられているのは最も贅沢な恵みと考えます。何故なら全てを持っておられる方に捧げることが出来ると言う何と素晴らしい特権だろうか。と思います。

パウロはこの惜しみなく捧げる生き方について「神の絶大な恵み」そして「ことばに表せないほどの賜物」と呼んでいます。私たちも人生を通して大胆にこの絶大な神の恵みを味わおうではありませんか。

■A:考えてみよう

「ばらまいても、なお富む人があり、正当な支払いを惜しんでも、かえって乏しくなる者がある。おおらかな人は肥え、人を潤す者は自分も潤される。」(箴言11:24〜25)

御言葉に信仰を置き、大胆に与え捧げる生き方が出来る様に共に祈り、またそれを御霊の力を受けて実行しましょう。

■P:祈り

イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 しんご 】

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カテゴリー: マナメール

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