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■S:今日の聖書の言葉
第一歴代誌13章3節

★私たちの神の箱を私たちのもとに持ち帰ろう。私たちは、サウルの時代には、これを顧みなかったから。

■O:今日のコラム
神の箱、主の臨在に対するダビデの情熱は尋常ではなかったことが伺えます。

ダビデが王になって直ちに着手したことは契約の箱をエルサレムに取り戻すことでした。全イスラエルの指導者と民に呼びかけてそのことに取り組むほどに主の臨在を慕い求めていたのです。

また第二サムエル6章1節には、このことのためにイスラエルの精鋭3万人を招集したことも記されています。一国の王としてなし得る限りの準備を整え、契約の箱をいよいよ携え上ることになりますが、それは失敗に終わりました。

なぜ、麗しくいのちに満ち溢れるはずの主の臨在が恐ろしい災いに一変し、神の箱奪還プロジェクトは破綻してしまったのでしょうか。ダビデの一連の行動から2つのことを覚えたいと思います。

(1)祈り:主の臨在を何にもまして求める
私たちが実際的な感情の部分においても飢え渇きを覚え、主の臨在を慕い求め祈り続けることは人生において欠かすことのできないものです。ダビデにこの飢え渇き、熱心さがなければ、サウルの時代と同様、神の箱が顧みられることはありませんでした。

人生の様々な局面において、私たちもある意味ではサウルの時代のような、主の臨在を求めず心を他のもので満たそうとしてしまうことがあります。しかし、主の臨在の中にこそ答えがあり、主と出会うとき自分が求めている答えや必要以上に「主ご自身が答えだった!」ということを見出します。

「天では、あなたのほかに、だれを持つことができましょう。地上では、あなたのほかに私はだれをも望みません。この身とこの心とは尽き果てましょう。しかし神はとこしえに私の心の岩、私の分の土地です。」(詩篇73:25-26)

ダビデが全イスラエルを動員して主の臨在の箱の奪還を試みたように、私たちも「今日」という日を境に全人生を通してあらゆるときに主を求めましょう。

(2)みことば:神の心を悟る
ダビデの失敗から学べること、それは主を慕い求める祈りの情熱とともに、聖書からみこころを悟ることです。ウザとアフヨの人間的な性質も破綻の一因となったに違いありません。しかし当時のダビデ王にみことばが欠如していたことが最たる問題だったと考えます。

後の15章でダビデは「私たちがこの方を定めのとおりに求めなかった」(Ⅰ歴代15:13)と反省し、神の箱を運ぶレビ人たちに聖別を呼びかけました。

主の「定め」を知ることのできるもの、主の「御心」を知ることのできるもの・・・、それは聖書以外にありません。みことばから主の心を知っていくとき、主が聖い方であるゆえに私たちも聖さを求めるようになっていきます。

「それにもかかわらず、神の不動の礎は堅く置かれていて、それに次のような銘が刻まれています。『主はご自分に属する者を知っておられる。』また、『主の御名を呼ぶ者は、だれでも不義を離れよ。』」(Ⅱテモテ2:19)

「彼がその王国の王座に着くようになったなら、レビ人の祭司たちの前のものから、自分のために、このみおしえを書き写して、自分の手もとに置き、一生の間、これを読まなければならない。それは、彼の神、主を恐れ、このみおしえのすべてのことばとこれらのおきてとを守り行うことを学ぶためである。」(申命記17:18-19)

この祈りとみことば2つの柱が生活に確立されていくとき、私たちの心の王座、あらゆる領域の中枢に主の臨在が満ちることとなると信じます。

■A:考えてみよう
・主の臨在を心の王座に、一日の歩みの中に歓迎するために必要なことはなんでしょうか。
・祈りの時間とみことばの時間をバランスよく取れているでしょうか。

私たちは家事や仕事、勉強、ミニストリー等、時間に追われています。忙しい中にあって、聖別できる時間の量などは人それぞれですので、人と比べるのでなく、自分が喜んで捧げられる時間を主に捧げていきたいと思います。

そして、可能ならば、このデボーションガイドの日々の箇所に加えて、詩篇5篇ずつ、その日の箴言1章、山上の垂訓マタイ5~7章や福音書、モーセ5書通読、新約の書簡や黙示録等、聖書全体のみことばに朗読にチャレンジしてみることや、10分からの異言の祈りをすることもとても有益です。

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。 すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。 御霊を消してはなりません。」(Ⅰテサロニケ5:16-19)

■P:祈り
主よ、私たちが祈りの熱心さとみことばの知識どちらか一方に偏ってしまうのでなく、これら両方を生活に確立させて主の尊い臨在を運ぶものとさせてください。

主の臨在があらゆる状況で私の心に満ち、家庭、職場、学校を満たし、教会から溢れ流れていくために、私にとって日々の祈りとみことばが重荷でなく、この上ない喜びとなるよう聖霊様がどうぞ助け導いてくださいますように。

イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 ぺい 】

カテゴリー: マナメール

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