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■S:今日の聖書の言葉
テトスへの手紙3章7~8節

★それは、私たちがキリストの恵みによって義と認められ、永遠のいのちの望みによって、相続人となるためです。
これは信頼できることばですから、私は、あなたがこれらのことについて、確信をもって話すように願っています。それは、神を信じている人々が、良いわざに励むことを心がけるようになるためです。これらのことは良いことであって、人々に有益なことです。

■O:今日のコラム
私たちは、キリストの義を恵みによって与えられました。しかし、「約束のものを得るために必要なものは忍耐です」とあるように、そのことによって約束のものをすべて相続するわけではありません。

私はイエス様を受け入れたばかりの頃、このように考えていました。「イエス様を受け入れたらみんな同じ報いを受けるんだ。今、受け入れた人も、50年イエス様を信じている人も何も変わらない」と。しかし、これは偽りです。それならば、救われてこの地上を歩んでいる時間は、全く私たちにとって無駄な時間です。救われたらすぐに天に上った方が良いことになります。

義と認められることは恵みですが、報酬というものは、何かをしなければ得られないものです。主は何度も何度も聖書の中で、新約においても旧約においても、「あなた方の行いには報いがある」と教えています。

例えば黙示録の最後の章では、

「見よ。わたしはすぐに来る。わたしはそれぞれのしわざに応じて報いるために、わたしの報いを携えて来る。」(黙示22:12)

とあります。
あなたがたの行いに応じて報いる、というのが聖書の原則です。だから、聖徒たちに良いわざに励むことを心がけるように勧めて、聖徒たちが益を受けるようにと、パウロはテトスに教えているのです。

ただ、肉の力によってでは、私たちは何一つ良いわざ、つまり御心を行うことはできません。まず主の臨在にとどまってこそ、私たちは出て行って良いわざをすることができるのです。

旧約時代には、主の神殿を中心としたイスラエル国家にとどまることを命じられ、新約時代になって、出て行ってすべての国の民を弟子とするように命じられたように。初代教会が、聖霊を受けるまでエルサレムにとどまっていなさいと言われ、その後、聖霊が臨むなら地の果てにまで証人となりなさいと言われたように。

祈りの生活、主の前にとどまることなしに、私たちは実を実らせることはできません。イエス様も、私にとどまっていなければ、実を実らせることはできないと語っておられます。

祈りの時間に基準はあるのでしょうか?イエス様は、ゲッセマネの園で一時間でも祈っていることができないのですか?と言われました。日本人は忙しく働くことで知られる民族です。一時間を聖別することは、大きなチャレンジであるかもしれません。

しかし毎日一時間、主の前にとどまることは永遠の時間の報いに関わってくるとても重要なことです。何よりも主との関係が、この一時間から深いものになっていくことを信じます。異言がなくては、一時間祈ることは難しいでしょう。異言を受けていない方は、ぜひ求めてください。

すでに祈りの生活をもっている方にお勧めします。主はあなたに語られたはずです。主はあなたに御心を明かしてくださったはずです。主はあなたに言葉とともに力を与えてくださっているのです。祈りの場から去っても、主はあなたとともにいるのです。私たちが行動で応答するときなのです。恐れてはいけません。

主を愛しているなら、主に従うことで愛をあらわすのです。主に信頼をおいて、自分を捧げるのです。このことには大きな報いがあることを信じましょう!

私たちの行いに応じて主は報いてくださるのです。コップ一杯の水を与えたことに対しても主はその報いを忘れていないのです。この報いとはイエス様ご自身です。イエス様と一つになることです。イエス様を知ることです。イエス様とあらゆるものを共有することです。愛も、希望も、喜びも、悲しみも。

私たちの相続地はイエス様そのものなのです。

■A:考えてみよう
祈りの生活を持ち続けましょう!主を求め、主との親密な関係の中へとますます入っていきましょう!そして、祈りの場を離れても主を尊び、主の臨在にとどまり、主を愛し、主に従順するのです。

そのときに主は、イエス様の御性質を私たちの内に与えてくださって、私たちはますます主を愛する者となっていくことを信じます。

■P:祈り
主よ。私に祈りの油をさらに注いでください。あなたに対する飢え渇きを新しくしてください。心からあなたを慕い求め叫び求めることができるようにさせてください。

古い自分を捨てて、罪を告白して、今日も十字架の前に出て行きます。隔ての壁を取り去ってください。あなたを見えなくする覆いを取り去ってください。イエス様にとどまります。誰でもあなたの内にあるなら新しく造られたものです。古いものは過ぎ去って、見よ。すべては新しい。この御言葉は、私のためのものです。

天で御心がなされるように、地でも御心がなされますように。そのために私が御心を行うことができるように助けてください。御心を行うことに対する使命感を与えてください。イエス様が十字架という使命を成し遂げるために来られたように、私も、自分の十字架を負って、全うできるようにさせてください。そうしてこそ、イエス様のように栄光にあなたの御性質によみがえることを信じます。

あなたを得させてください。永遠のいのちはあなたです。私のいのちはあなたです。私の求めるものはあなたご自身です。あなたを得ていなければ何もありません。あなたを得るならばすべてがあるのです。

イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 まじまこ 】

カテゴリー: マナメール

2 個のコメント


  1. ベル和実 より:

    イエス様が御父との交わりをされた「祈りの時間」は、本当に大切ですね・・・。私もさらに祈る者とされ、また、祈りの場を離れても、主とともに前進し、福音を伝える者とされたいと願います。Shalom!

    • 富田久笑 より:

      ベル和実様
      マナメールの応答を心から感謝いたします。私たちにとって大きな励ましとなります。
      置かれた場所において主の豊かな祝福がありますように。

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