Pocket
LINEで送る
Bookmark this on Delicious

■S:今日の聖書の言葉
エレミヤ書50章20節、30~32節

★その日、その時、-主の御告げ-イスラエルの咎は見つけようとしても、それはなく、ユダの罪も見つけることはできない。わたしが残す者の罪を、わたしが赦すからだ。」

★「それゆえ、その日、その若い男たちは町の広場に倒れ、その戦士もまな、断ち滅ぼされる。-主の御告げ-高ぶる者よ。見よ。わたしはあなたを攻める。-万軍の神、主の御告げ-あなたの日、わたしがあなたを罰する時が来たからだ。そこで、高ぶる者はつまずき倒れ、これを起こす者もいない。わたしは、その町に火をつける。火はその回りのものをすべて焼き尽くす。」

ぺテロの手紙第二1章2~4節、20~21節

★神と私たちの主イエスを知ることによって、恵みと平安が、あなたがたの上にますます豊かにされますように。というのは、私たちをご自身の栄光と徳によってお召しになった方を私たちが知ったことによって、主イエスの、神としての御力は、いのちと敬虔に関するすべてのことを私たちに与えるからです。その栄光と徳によって、尊い、すばらしい約束が私たちに与えられました。それは、あなたがたが、その約束のゆえに、世にある欲のもたらす滅びを免れ、神のご性質にあずかる者となるためです。

★それには何よりも次のことを知っていなければなりません。すなわち、聖書の預言はみな、人の私的解釈を施してはならない、ということです。なぜなら、預言は決して人間の意志によってもたらせたのではなく、聖霊に動かされた人たちが、神からのことばを語ったのだからです。

■O:今日のコラム
しゃろーむ!4月18日の朝です。今日1日も、主をさらに知っていけるように求めて、御言葉を宣言していきましょう。主を知ることによって、恵みと平安が、今までよりも、ますます豊かにされるからです。

主イエス様は、僕らの罪、咎のために、十字架の上で裂かれ、尊い血を流されました。そして、天のお父さんは、イエス様のゆえに、僕らの罪、咎を赦してくださいます。それは、僕らを愛してくださっているからです。僕らが、自分勝手に生きるのではなく、神様と共に歩むためです。

僕らが、高ぶり、主を必要としていないならば、恵みと平安は去っていきます。高ぶる者は主から攻められ、罰せられ、つまずき倒れるからです。高ぶる者を支えるのは、自分の力だからです。自分の力には限界があります。

『なぜなら、悪者の腕は折られるが、主は正しい者をささえられるからだ。』『人の歩みは主によって確かにされる。主はその人の道を喜ばれる。その人は倒れてもまっさかさまに倒されはしない。主がその手をささえておられるからだ。』(詩篇37篇17,23~24節)

自分の弱さを認め、悔い改めて、イエス様の前に心の貧しさを伝えていくときに、僕らは、主の与えてくださる恵みと平安をますます豊かに与えられていきます。自分の弱さを見る時、主の助け、主の力、主御自身が必要だと知ることができるからです。主が、自分の罪、咎を赦してくださるという有り得ないほどの祝福は、その自分の罪や咎を知り、認めるときに受け取ることができます。

僕らが、自分にはイエス様が必要だと認めるときに、イエス様が神様としての御力によって、いのちと敬虔に関するすべてのことを与えてくださいます。僕らが、弱さを認め、主を求める時に、主イエス様の、主としての、全知全能なる神様としての本来の力を発揮なさるのです。

主は、僕らの高ぶりがつまずき倒れる時に、『その町に火をつける。火はその回りのものをすべて焼き尽くす。』のです。聖霊様の火が、僕らの内側に火をつけてくださいます。僕らの内側を焼き尽くしてくださいます。だから、聖霊様をますます求めていきたいです。

天のお父さんなる神様と主イエス様を知るためには、御言葉が必要です。そして、聖霊様から教えて頂かなければなりません。聖霊様は神様です。神様によって神様のことを、ますます教えて頂きましょう。

そして、与えられた恵みと平安によって、僕らは、自分のために生きるのではなく、世にある欲のもたらす滅びを免れ、神様のご性質にあずかる者となるのです。だから、今日も、御言葉を求め、主に賛美を捧げ、悔い改めていきましょう。

■A:考えてみよう
御言葉を求めていきましょう。
主に賛美していきましょう。
悔い改めていきましょう。

「神と私たちの主イエスを知ることによって、恵みと平安が、あなたがた(私、家族、友人、職場、学校、地域)の上にますます豊かにされますように。」と祈り求めていきましょう。

■P:祈り

イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 ひろみち 】

カテゴリー: マナメール

コメントを残す